98年7月号 今月の‘科学’から

未来を取り戻すためにアメリカにみる研究と対策の最先端
 ‘沈黙の春’‘奪われし未来’,アメリカは化学物質汚染の危険の警鐘をいち早く世に発してきた.環境ホルモンの研究と対策の最先端アメリカでは,内分泌攪乱作用をもつ物質を選び出し規制するために,法律のもとに研究と対策の計画が進められている(井口泰泉氏,p. 529).
 ホルモンと同じように働く化学物質に対しては,閾値という考え方が通用しないばかりでなく.用量を増やせば影響も強くなるといった単純な関係は成り立たない.これらの化学物質に対しては,新しい毒性の評価法が必要である(D. M. SHEEHAN氏・F. S. VOM SAAL氏,p. 569).

■野生生物の異常は人類への警鐘か
 イルカなどの海棲哺乳類の体内には,毒性の強い有機塩素化合物が高濃度で蓄積している.これらの化学物質が,海棲哺乳動物の奇形,免疫系の異常などの原因であるかもしれない(田辺信介氏,p. 539).
 雌の巻貝に雄の生殖器が生じるインポセックスと呼ばれる現象は,日本沿岸に棲息する巻貝では,調査した68種のうち実に38種で確認されている.イボニシでの曝露実験では,わずか1ng/lのトリブチルスズによって,インポセックスが引き起こされた(堀口敏宏氏,p. 546).
 農薬などによる汚染の進んだフロリダ州のアポプカ湖に住むアリゲーターの卵の孵化率は20%をきる.生殖器には奇形が多くみられ,血中ホルモン濃度にも異常が認められた(L. J. GUILLETTE Jr.氏,p. 552).

■化学物質ののヒトへの影響は
 近年の研究から判断すれば,ヒトの精子の減少が起こっている可能性は高い.そして精子の奇形がそして,環境ホルモンが精子減少を引き起こすことは,動物実験では確かめられている(森千里氏,p. 524).
 環境中に存在するような微量な化学物質にたいしても人体は敏感に反応する.人体に入った化学物質は,薬物代謝系の誘導,内分泌系の撹乱といったさまざま反応を引き起こす(有薗幸司氏,p. 576).
 化学物質の影響は内分泌系にとどまらず脳・神経系にも及んでいる.さまざまな“脳内攪乱化学物質”の作用機構をさぐる(黒田洋一郎氏,p. 582).

汚染状況を把握し危険な化学物質を選び出すために
 女性ホルモン様物質にさらされた雄の魚の血中から,本来雌でしか産生されないタンパク質ビテロジェニンが検出される.雄の魚の血液からその環境中の女性ホルモン様化学物質の存在がわかる(原彰彦氏,p. 591).
 また,カエルの変態過程に対する化学物質の影響から,その物質のホルモン作用(またはホルモン阻害作用)の強さを調べることもできる(T. B. HAYES氏,p. 558).
 試験管内でレセプターとの結合力などからさまざなホルモン作用の強さを調べる方法などを用いた,高速で正確な毒性試験系の開発が進められている(金子秀雄氏ほか,p. 598).

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