思想
2001年4+5月号
(Vol.71 No.4)
目次

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 巻頭言 スルメの製造 養老孟司

記念対談1 芸術と脳と科学 第1回 リアリティと自己表現 森村泰昌・養老孟司

文学者も「科学」について語りうること 二宮正之(313)/メタ科学の夢 山折哲雄(317)/「科学」のうさん臭さについて 秋山豊寛(319)/なぜ物は落ちるのか 野矢茂樹(321)/電流の向きを「マイナスからプラス」に変えよう 滝川亮(323)/科学−心の迷いによる認識 立松和平(325)/あいまいな衣装 内山節(326)/一番遠くまで連れて行く風穴 加藤典洋(328)/刺激的創造的パートナー 山下洋輔(329)/私も科学してきたらしい 大野晋(330)/「21世紀少年」のための科学 瀬名秀明(333)/チャンドラー・ディヴィスとポール・ヴァレリー 今井正隆(335)/人間を新たにとらえ直す 西垣通(338)/科学と人間の対決 桐敷真次郎(340)/時代の文脈と巨大科学 橋本寿朗(343)/いつ変節したのか 前田哲男(346)/非意図的か意図的か 中村梧郎(347)/近未来社会のモラルを与えるもの 並木美喜雄(350)/現代社会と科学 住明正(351)/有難いものだろうか? 山鳥重(352)/二つの知的いとなみ 村上陽一郎(354)/科学のコミュニティと政策のコミュニティ 新藤宗幸(355)/科学と政策の間 加藤久和(358)/科学研究の外部性と経済学の科学性 伊東光晴(360)/河不出図 荏開津典生(362)/知の喜び,生き延びる術,そして畏れ 神崎武法(363)/真理は常に少数から始まる 矢田部理(365)/「自然」と「科学」と「人間」と 和田耕作(368)/科学と星座占いの奇妙な共存 杉原厚吉(370)/人間の欲望の僕とならない科学技術を 長尾眞(371)/ひたすらな前進でよいのか 阿部龍蔵(373)/生きものが本質的にもっている機能の発現 小平桂一(374)/人と科学 益川敏英(376)/惑わすことなく謙虚に 古在由秀(377)/限りを知る 弥永健一(378)/文科と理科 鶴見俊輔(380)/科学は文化の半分 杉本大一郎(381)/文・理の溝を埋める 小出昭一郎(383)/科学の二面性と社会 石川統(385)/知的欲望と物質的欲望のバランス 戸田盛和(387)/科学と哲学の「再婚」 高橋義人(389)

記念対談2 未来世代を考える環境の科学へ 民の科学と官の科学 綿貫礼子・大井玄

市民のための市民の科学を 小野有五(403)/市民の道具としての科学 倉本宣(406)/市民科学活動の世紀へ 樋口敬二(407)/21世紀の科学:信頼と恐怖 伊藤嘉昭(410)/近代科学とは何たるや.君は闘っているか 天野礼子(412)/ドイツで科学者が環境政策に果たした役割 今泉みね子(414)/市民からの科学 島津康男(418)/生命の存続を基本においた科学を 山口幸夫(420)/いのちを大切にするところから 原田正純(423)/科学を美しいものに 柳澤桂子(425)/慎みと科学 徳永進(428)/手塚治虫の遺言 瀧井宏臣(431)/いのちをみる目 池部織音(435)/これからの科学や社会に望むこと 品川信良(439)/生物科学について最近の話題から 矢原一郎(442)/生命の科学とは 中西友子(445)/まだわずかしかわかっていない 岩槻邦男(448)/野外調査研究のはざまから 和田英太郎(450)/ゲノムの彼方に 江沢洋(452)/“文は人なり”のヒトゲノム 井田進也(454)/別腹とは一体何だろう? 土橋とし子(457)/科学とは決めつけないこと 海野和男(458)/汚染とは? 嘉田由紀子(460)/環境科学は科学なのか? 松井三郎(464)/森林をどのように変えるか 熊崎実(466)/都市計画と科学 小林重敬(469)/持続社会の科学技術 内藤正明(470)/持続可能性の科学 松下和夫(472)/科学とは 高橋裕(476)/Nature has a will. 河田惠昭(478)/科学と歴史 川那部浩哉(481)/客観と主観の境界に迫る時 伊藤正男(483)/ヒトは特別な存在か 藤田和生(484)/人間にせまる科学技術 黒田洋一郎(487)/科学の限界と存在の問題について 清水博(490)/科学の呪縛を解こう 中村桂子(494)

記念対談3 天と地と科学者の間で 池内了・鷲谷いづみ

科学ファンの気分 三木卓(506)/強者たる自覚を 波多野鷹(507)/巫女? 青髭? 堀淳一(510)/囲いのなかの繁栄 中村禎里(512)/進歩が素人を排除する 柳沼重剛(514)/人の心につながる科学を 加藤和人(516)/作曲家を羨む 船水尚行(519)/大衆に支持されてこそ 高木隆司(520)/科学的批判性の復権を,リスクの極小な技術の制度化を! 佐々木力(522)/科学者は社会に対して積極的に説明を 加藤三郎(525)/責任をとらねばならない 岩坪五郎(526)/科学・技術の誇大宣伝の壁をこえて 星野芳郎(528)/科学と社会構想 金森修(531)/サービスとしての科学 篠本滋(533)/日本の三つのシナリオ 中山茂(536)/日本の科学を再生させる 高野利也(540)/科学と科学技術 毛利秀雄(542)/さきがけ研究をさかんに! 丸山工作(543)/個人の科学と社会の科学 甘利俊一(544)/「科学=ポトラッチ」論 名和小太郎(545)/市民として科学をとらえる 波多野誼余夫(547)/知らないものは欲しがれない 松久保晃作(549)/輝きをとりもどすために 姫野龍太郎(550)/この時代に科学を学ぶとは 山岸悦子(551)/いきものの科学とインターネット教育 石田晴久(552)/科学教育と体力 三輪主彦(553)/ニアミス事故と数覚 小松彦三郎(555)/科学の心を国民の常識に 野崎昭弘(558)/科学って楽しいもの? 保坂直紀(559)/生活者にとっての科学と雑誌の役割 新妻昭夫(561)/科学の見え方 佐藤文隆(562)/科学雑誌『ニュートン』の20年から 竹内均(564)/科学雑誌に明日はあるか 白尾元理(565)/「なぜなに」と「ところで」の狭間で 杉本潔(567)/科学雑誌の魅力 佐藤大器(570)/もっと面白いはずだ 井上能行(571)/科学の眼は澄んでいるか 岡部昭彦(572)/科学にふさわしい科学 赤木昭夫(573)

特別寄稿=私の考える『科学』彌永昌吉

記念対談4 つぎの宇宙像・地球像をもとめて 第2回 歴史的大転換と21世紀の展望 佐藤勝彦・深尾良夫

科学はおもろないか? 岡田節人(586)/最先端の瞬間 増田みず子(588)/いま僕が考えられること 長尾健太郎(590)/科学とは社会の役に立つだけでなく,人を楽しませるものである 坂野井和代(591)/気持ちイイ「科楽」−〈楽道〉のススメ 福江純(593)/「科学は遊びである」 塚谷裕一(594)/大学は方法論を探す場 瀬戸口烈司(595)/理想の人生は「くそばばあ」 加藤万里子(597)/卑小な科学者 柳田充弘(598)/「科学」,その魅力とは 田中敬一(602)/アナログ人間のきわめて私的なアナクロ科学観 高木伸(603)/伝えることは創ること 長岡洋介(604)/趣味と教育と学習 一松信(605)/プロでありアマでもあり 石井威望(606)/プロである前にアマであれ 杉村新(607)/研究の過程から発想する 大場信義(608)/素朴な疑問と原点の科学 平朝彦(609)/フィールドからの新しい科学 福田正己(611)/地域研究という科学 山田勇(612)/経済学に客はいない 清家篤(613)/数学と諸科学 森口繁一(614)/科学と数学 関沢正躬(617)/数学と社会の間に 小松啓一(619)/科学・工学・知能・複雑系 中島秀之(620)/問題指向の科学の確立へ 鈴木宏昭(622)/創発的科学に向かって 河本英夫(625)/コンピュータによる現象の観察と分析 山本正信(629)/計算機科学からみた21世紀の問題 徳田雄洋(630)/初心に帰る 和達三樹(632)/科学と人間 西島和彦(633)/原点に立って 塩田徹治(634)/つねに疑うということ 長谷川眞理子(635)/科学を私はこう見ている 木下是雄(637)/科学はもっと明るいものに 伊東俊太郎(639)/もう一つの科学の在り方 石田秀実(640)/科学の美的な眺望 伊藤邦武(642)/「科学的真理が絶対的ではない」とつきあうには 加藤尚武(643)/科学とは−哲学との接点 田中正(645)/クーンの呪縛 藤永茂(649)



科学通信

インタビュー:秋光純氏に聞く 新しい超伝導時代の幕開けか−新超伝導物質MgB2の発見

オピニオン:アメリカ,京都議定書から逃亡 竹内敬二

科学ニュース:見直される陸上植物の系統樹

編集部への手紙:2000年11月号「日本社会が科学を学ぶ好機」への訂正と補足−標準誤差がもつ意味について 市川惇信

読者からの手紙:リニューアルの『科学』に期待する 茅野益穂

検証=旧石器発掘捏造事件(第3回)
日本列島に前期・中期旧石器時代は存在するか 佐藤宏之

アイの子育て日誌(第11回) コミュニティーの中で生きる 明和政子

今井功先生の新物理感覚(第6回) 新しい物理感を養う−運動量でみる物理現象

書評

『がんと環境』井口泰泉評/『放課後博物館へようこそ』尾久土正己

次号予告/編集後記




 
 
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