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科学

2020年2月号小野有五「泊原発の活断層審査で周氷河作用を無視する北海道電力」追加資料

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2月号に掲載の小野有五「泊原発の活断層審査で周氷河作用を無視する北海道電力」の脱稿後、泊原発建設前に北電が撮影した斜め空中写真が入手できたため、そこに、今回の開削断面の位置などをプロットすることができた。 論文で述べた泊原発敷地周辺のなだらかな周氷河斜面をよく見ることができるので、掲載させていただく。F-1断層の開削箇所の認定には、岩内町在住の斉藤武一氏が当時望遠レンズで対岸から撮影されていた写真 が役に立った。北電の空中写真も斉藤氏が保存されていたものである、記して謝意を表する。(小野有五)

(編集部注:撮影年を訂正したファイルを再掲載しました。2020年1月28日)

第1節「自らの主張を否定し最後の賭けに出た北海道電力」より

 2019 年2 月22 日,原子力規制委員会(以下,規制委と略す)は,通常の倍以上の時間をかけて北海道電力泊発電所(以下,北電泊原発と略す)の審査に臨み,泊原発1 号機タービン建屋の下を通るF-1断層は,新規制基準による「活断層」である可能性を否定できないと断じた1。通常は電力会社の発表にコメントするだけの規制委が,自らの検討にもとづき踏み込んだ見解を示すのは異例のことである。北電の提示したすべての資料をきちんと検討したうえで,その3 カ月前に「科学」に出た渡辺・小野論文2も援用し,「F-1 断層の延長である小断層群はMIS 9(約33 万年前)の海成砂層の中で上方にせん滅しており,その活動の上限は決定できず,したがって12.5 万年前以降の活動を否定できないので,“新規制基準による「将来活動する可能性のある断層等」”(いわゆる「活断層」3)に相当する」と明確に論じたのである。これだけ論理的に主張されれば,それを認めるのが普通であろうが,再稼働を目指して敷地内の活断層をあくまで否定したい北電は執拗に反論,「F-1 断層は基盤とその直上に載る礫層を変位させているだけであり,MIS 9 の海成砂層の中で上方にせん滅している小断層群は変位のない亀裂にすぎず,F-1断層は,その上位の海成砂層中の亀裂(小断層群)とはそもそも連続しないので,無関係である。」と強弁した。そして,その主張を立証するために追加調査を行い,秋にその結果を発表するとして審査の引き延ばしを図ったのであった1。北電は,原発敷地内のコンクリートで固められた壁を一部はがし,開削して現れた露頭を調査,その結果を11 月7 日の規制委で発表した4。その内容は驚くべきもので,2 月まで頑強に主張してきたF-1 断層と海成砂層中の亀裂との不連続性を自ら否定,両者は明確に連続しており,亀裂も断層であり,F-1 断層に連続する小断層群であるとその主張を180 度変えたのである。そして北電は,「開削によって現れた河成礫層と斜面堆積物にこれらの小断層群のうちの3 本が切られていることを確認し,かつ,この河成礫層と斜面堆積物はいずれも北電がMIS 9(以前)とした海成層と同時期の堆積物と考えられるので,これらの地層に小断層群が切られているF-1 断層の活動期は明確にMIS 9(以前)であり,したがって「活断層」ではありえない」,と衝撃的な主張を行った。
 北電の主張は一見,理路整然としていただけでなく,MIS 9(以前)の海成層と同時期に堆積したという河成礫層と斜面堆積物に小断層の一部が切られているという「発見」でこれまでの見解はすべて覆り,渡辺・小野論文2も考慮しなくてすむようになったと規制委に思わせるだけの「効果」もっていたと言えよう。2 月の審査会合でF-1断層と小断層群の連続性を強調していた規制委は,北電がそれまでの主張を改め,規制委の主張に同意したことをまず歓迎した。さらに,規制委がこだわっていた「断層の活動期の上限を抑えることができる地層(上載地層)」を北電が新たに「発見」したことで,それが本当なら,2013 年から長く続いた泊原発の活断層審査もようやく決着できると評価したのである。したがって審査会合のわずか1 週間後,11 月15 日に吹雪の中で決行された規制委の現地調査(図1)では,当然のように北電の新たな「発見」を確認する観察に多くの時間が費やされた。現地調査終了後の記者会見で規制委の石渡明委員は,「河成礫層と斜面堆積物が本当にMIS 9(以前)の地層と言えるのかどうかを追加調査で明らかにしてほしい」という注文はつけたものの,「北電の見解は規制委の見解に近づき,審査の出口が見えてきた」という主旨の発言を行った5
 もちろん,規制委の中で唯一の地質学者である石渡氏が,北電の主張に安易に納得していることはないであろう。最後に付けられた注文の意味は,ある意味,非常に重いのである。しかし,最も気になることは,規制委のウェブサイトのトップページを飾っている,激しい吹雪のなかの石渡氏の観察(図1)が,北電が「発見」したと主張する河成礫層と下位の海成砂層の境界部での小断層に集中しているように見えることである。もちろん小断層の一部が,北電の言うように河成礫層の基底で止まっているかどうかの確認は重要だったであろう。しかし規制委が現地で真っ先に行うべきだった観察は,この河成礫層そのものが,周氷河作用による大規模なクリオタベーション(凍結擾乱)を受け,堆積後に大きく変形しているかどうかの確認であった。  目の開けられないような吹雪にもかかわらず,現地調査を実施した規制委の意気込みは多としなければならないが,ブルーシートなどで直前まで積雪を防いでいたはずの開削露頭の大部分は,当日のTV ニュースの画像などでみる限り,規制委の現地視察時にはすでに雪で見えなくなってしまっていた。こうした当日の気象条件を考慮すれば,石渡氏が,河成礫層の全体を観察しようとしても到底できなかったであろうことは推察できる。観察できなかったことには言及しない,というのも一つの見識であろう。しかし,規制委のすべての委員は,それまでの審査会合で,大規模に変形している河成礫層の写真を何度も見せられているのである。通常の河川堆積物の地層とは明らかに異なり,堆積後に大きく乱されているとしか見えないその異常な堆積構造(図2)に対して,地質学者である石渡氏が,それを一切説明しようとしない北電に対して一言も疑問を呈しない,というのはなぜであろうか。
 規制委の役割はあくまで電力会社の発表に対してコメントすることであり,規制委の側から踏み込んだ発言はしない,というのが基本的なスタンスになっているからであるかもしれない6。北電が周氷河作用に一切言及しない以上,規制委も,周氷河作用についてこちらからあえて問いただすことはしない,ということなのであろうか。しかしそれでは,自らの主張に都合の悪い周氷河作用の影響を最後まで隠し,触れずに済まそうとする北電の「戦略」に規制委は載せられてしまうのである。そのようなことがあってはなるまい。
 筆者は,2019 年11 月1 日発行の「原子力資料情報室通信」545 号に書いた小論7で,泊原発敷地内の露頭の解釈には周氷河作用の影響を評価することがいかに重要かを強調した。公刊直後,その抜き刷りを規制委泊原発審査担当者に送り,現地視察では,自らの目で周氷河作用を受けた地層がどのようなものかを観察し,今後の審査に生かしてほしいと要望した。不幸にして吹雪のためにそれができなかったとすれば,本論を読み,あらためて考察していただきたいものである。周氷河作用を考慮すれば,F-1 断層はまぎれもなく「活断層」と認定されるからである。