直接的CP非保存現象の発見

 素粒子物理学30年来の難問に,一つの回答が与えられた.1999年2月,アメリカ合衆国フェルミ研究所のKTeV実験グループ(日本からは大阪大学が参加している)が,直接的CP非保存現象の存在を中性K中間子系の精密測定によって証明したのである.CP,つまり電荷-パリティ変換の非保存とは,粒子とその反粒子の性質が異なるということである.これは,宇宙に物質が反物質よりも多いこと,素粒子物理学における時間反転の破れなどと密接に関連している.

 CP非保存現象は,粒子・反粒子が混合する割合の非対称を原因とする間接的CP非保存と,崩壊過程自身がCPを破る直接的CP非保存の二つに分類される.1964年に間接的CP非保存現象が発見されたときは,大きな驚きをもって受けとめられた.粒子と反粒子の性質が異なっているとは誰も予想だにしなかったからである.そして現在まで間接的CP非保存を説明する理論として生き残ってきたのが,“超弱理論”と“小林-益川理論”である.

 超弱理論は,超弱力という相互作用を導入することによってCP非保存を説明するものであり,中性K中間子系における間接的CP非保存現象だけをうまく説明することができる.いっぽう,小林-益川理論は,標準理論にクォークを6種類以上導入することによって間接的CP非保存と直接的CP非保存の存在を予言する.したがって,双方の理論に判定を下しCP非保存現象をより深く理解するためには,直接的CP非保存現象の存在を検証する必要があった.ところが,小林-益川理論によって予想される直接的CP非保存の効果は間接的CP非保存のさらに1000分の1程度と非常に小さく,そのため実験的確認には大きな困難がともなった.

 今回直接的CP非保存現象が発見されたことによって超弱理論は否定されたが,小林-益川理論も安穏としてはいられない.なぜなら,確かに小林-益川理論は直接的CP非保存現象の存在を予言していたが,今回観測された直接的CP非保存の効果は小林-益川理論による予想値より大きいからである.実験・理論の精度向上により小林-益川理論の妥当性が今後証明されるのか,それともこの結果が新しい物理の存在を示唆しているのか,興味深いところである.

 ともかく,素粒子物理学は新たな段階へまた一歩踏み出したようだ.現在,日本のBファクトリーをはじめ世界中でCP非保存現象に関する実験がおこなわれており,この新現象に対するいっそうの理解が期待される(参考: http://fnphyx-www.fnal.gov/experiments/ktev/epsprime/epsprime.html).

*無断転載を禁じます(岩波書店‘科学’編集部:kagaku@iwanami.co.jp).

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