巻頭エッセイ(『科学』2018年7月号)

地震火山庁をつくり,層の厚い専門家による観測と評価を

藤井敏嗣(ふじい としつぐ 山梨県富士山科学研究所所長,東京大学名誉教授)


 日本は先進国のなかで,とりわけ噴火と地震の被害に見舞われやすい地学的条件にある.首都ですら例外でないことも特異である.

 地震に関しては,阪神・淡路大震災後,地震調査研究推進本部ができたが,火山に関しては,そのような態勢はない.さらに大きな噴火災害に見舞われる前にこそ,組織を整えるべきではないか.

 御嶽山噴火のあと,中央防災会議の下のワーキンググループでの検討で,一元的な火山防災の仕組みが必要だと結論され,それを受けて内閣府に火山防災対策会議という常設の会議がつくられた.3月に報告書がでたが,地震火山庁をつくるとまではまとまらなかった.各省庁の合意が得られたのは,研究機関の連携体をつくるところまでである.

 日本と諸外国の機構の実態は大きく異なっている.諸外国では,火山・地震観測と防災について,それぞれに一元的な専門の政府機関がつくられている.そしてそれぞれの機関に,PhDをもった多数の専門家が,専任で就いている.

 アメリカで火山・地震観測を担うのは地質調査所という政府機関である.そのハワイの観測所長のクリスティーナ・ニールをはじめ研究者が,今回のキラウエア山の噴火で,住民に連日,調査にもとづいて直接状況を語っていたのは印象深かった.「ここまではわかるが,これ以上はわからなくて,いくつかの可能性がある」ということも,きちんと説明する.イタリアではINGV(Istituto Nazionale Geofisica e Vulcanologia)が火山・地震の調査・研究をおこなっている.危機になると,連携する市民保護局にバトンタッチし,市民保護局が避難指示などをだす.気象庁のように,基本的に火山専門家が内部にいないという状況ではない.そして,火山活動評価と防災対応は,分離されている.

 火山活動の評価については火山噴火予知連絡会が気象庁を支援するが,これは長官の私的諮問機関にすぎず,予算も権限もない.年に3回,研究者が集まっても,片手間ではきめ細かい対応はできない.

 INGVは,1999年にいくつかの機関を合併してできた,比較的若い組織だが,日伊の差が大きく開いてきていることを実感する.INGVでは,火山だけでも100人を超えるPhD取得者が観測にあたっていて,さらにその周辺にポスドクやテクニシャンもいる.

 昨秋開いた「火山災害軽減のための方策に関する国際ワークショップ」に来日した,INGV火山部長のアウグスト・ネリが,こうはっきり語って驚かされた.「火山の監視は完成した技術ではないので,研究者が監視と研究の両方をやることが大事だ,研究者が監視しないと火山はわからない,そうでなければ火山学は進展しない」と.日本の仕組みでは,火山の状況を把握できないし,防災対応もできないということである.

 私たちが火山について知っていることはまだまだ多くはない.とくに巨大噴火を現代的な観測ではまだ経験していない.そのリスクは決して小さくない.噴火では,教科書通りに物事が起こるわけではなく,次々と新しいことが起こる.だからこそ研究者でないと対応できない.ネリはもともと数理的なシミュレーションの専門家だが,その彼が,上記のように語った所以である.

 ようやく気象庁も2年前に5人だけ研究者を雇ったが,人数を増やし,現場の実務だけでなく,研究も同時にできるよう,配置の交流が求められる.

 噴火のリスク評価は,わかったことに対応する「技術」として完成されているわけではない.地震火山庁による一元的な調査研究・監視体制により,常に未知の現象に対応していく探究的なリスク評価の態勢が求められる.

(2018年5月15日の談話をもとに再構成)

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