巻頭エッセイ(『科学』2018年9月号)

7月豪雨をもたらした気候メカニズムと猛暑後の台風への警戒

中村 尚(なかむら ひさし 東京大学先端科学技術研究センター,気候力学)



 関東では6月下旬に観測史上最も早く梅雨が明け,直後に通常は梅雨のない北海道で梅雨前線による豪雨災害が生じました.7月上旬の豪雨は,1982年以降のアメダス観測史上最大の積算雨量となり,200人を超える方が犠牲になりました.このときの総降水量400mm超の地域は,九州,四国,中国,近畿,岐阜にかけて非常に広域に及びました.その後,7月23日には,観測史上,地上気温の最高値となる41.1℃を埼玉県熊谷市で記録するなど,猛暑が続きました.

 異常といえるこれらの気象は,実は相互に関連があります.春以降,北半球全体で対流圏の気温が高く,特に中緯度の5月・6月の気温は歴代1位の高さでした.これは,偏西風(ジェット気流)が全体に北へずれて大きく蛇行する傾向が続いたためです.北に蛇行している上空は暖かい高気圧になります(南に蛇行している上空は冷たい低気圧).これらは,通常の移動性高気圧・低気圧とはちがって,規模が大きく偏西風に流されず移動しません(ブロッキング高気圧・低気圧).この上空の気圧の高低の強さと偏西風の蛇行の程度は,西から東に伝わります(ロスビー波).

 そのため,中〜高緯度の異常な状態は,連鎖的に起きることになります.6月にはカナダ・ケベック州やアメリカ北東部で高温が記録され,熱中症で多数の犠牲者がでました.偏西風の蛇行は大西洋にも及び,イギリスも異常高温に見舞われました.さらに伝播してきた蛇行は,日本の東海上上空に背の高い高気圧をつくり,地上付近では小笠原高気圧が北に顕著に張り出しました.これが最も早い梅雨明けをもたらし,梅雨前線の北上により,北海道では観測史上最大雨量の豪雨となりました.

 偏西風には,亜熱帯ジェット気流と寒帯ジェット気流の2本の流れがあります.今年7月は,北極上空が例年より寒冷な一方,シベリア大陸は暖められていて気温差が大きく,その境目を吹く寒帯ジェット気流がしっかりしています.その蛇行がロスビー波によって日本の北に届き,オホーツク上空に停滞するブロッキング高気圧をつくり,下層大気に高気圧ができました.そのため冷たく乾いた北東風が吹き込み,それが梅雨前線を活発化させて南下させました.

 梅雨前線がそのまま南海上にまで南下していれば,豪雨は小休止できたのですが,そのタイミングで亜熱帯ジェット気流を通じてロスビー波が再び到来し,日本の東海上の背の高い高気圧を強化させて,梅雨前線の南下を止めてしまいました.今年は東シナ海南部に低気圧ができていたため,モンスーンからの風が台湾南を迂回する形で南から吹き込み,東からの貿易風と合流し強まっていました.それによって黒潮からの蒸発も強まり,南から太平洋側全域に湿った熱い空気が流れ込みました.こうして,積算雨量最大の豪雨となったのです.その後の猛暑も,偏西風の蛇行持続と日本付近の高気圧の強化というメカニズムと関連しています.

 この原稿の校正期間中に,台風12号が7月豪雨の被災地を東から西へと異例の向きに横断していきました.猛暑が続き海水温が高いと,台風の勢力が強まります.被災地の二次災害への警戒も含めて,台風と豪雨に注意が必要です.

 7月豪雨について気象庁は,大雨特別警報をだし緊急会見を開いて警告していました.近年では,全球大気モデルの予報結果を日本付近の領域大気モデルや局所高解像度(2km)のモデルに取り込み,積乱雲レベルでの降水予報にもとづき警報が出されています.局地的な豪雨の予測にはまだ課題がありますが,今後,モデルの進展と観測データの充実により,さらに予測精度が向上し,少しでも早く見通しを得て避難準備などの防災に役立つようになることを期待しています.

(2018年7月23日の談話をもとに再構成)

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