編集後記(『世界』2017年1月号)

 イラク戦争とリーマンショックの尻拭いをさせられたオバマの8年(そうでなければ黒人が大統領になることはなかったかもしれない)を経て、アメリカは「白人男性最後の大統領」(M・ムーアはアメリカ合衆国最後の大統領と言う)を選んだのだろうか。まさか2000年のブッシュvs.ゴアの時のような混乱をひきずることはないだろう(後でG・パラストの『金で買えるアメリカ民主主義』を読んで驚愕したものだ)が、選挙結果確定後、アメリカ社会が示した反応は、その分断の深さを見せつけた。

 トランプ大統領誕生の世界史的意味を、本誌でも繰り返し問うていくことになろう。本号特集はそのスタート地点である。

 リーマンショックの処理にオバマが失敗したことがトランプの勝利をもたらした遠因だとも指摘される。グローバル化の波に取り残された「白人中間層の没落」が鍵であるとし、ブレグジットと今回のトランプ・ショックの共通点を見出す分析も多い。しかし、トランプに投票した中には高学歴層も少なくない。そもそも、トランプの圧勝だったのかについても、識者によって見解は分かれる。

 一方、明らかなのは、民主党はまさかの敗北ではなく、戦略の失敗だということだ。党の運営を仕切る民主党全国委員会(DNC)が、予備選段階でいかにサンダース候補を妨害したか(本誌2016年10月号、宮前氏)を思い出す時、党の建て直しは容易なことではないと感じる。

 今回の大統領選の慎重な分析により、「戦後デモクラシーの政治と経済を支えた基本的な枠組みの揺らぎ」(本号、吉田氏)が明らかになるだろう。「民主主義は資本主義を制御できるのか」(本誌2016年11月号、寺島氏)という本質的な深層の課題もそこには横たわっている。

 トランプ、ヒラリー両陣営とも、選挙戦中はウソの応酬だった。マスコミはファクトチェックに精を出し、post-truthという言葉があっという間に広まった(本号、三島氏ほか)。新大統領はウソかホントか、狭いホワイトハウスには住みたくないという。アメリカの自由が行き着いた先はニューヨークの金満ビルだった。新大統領はビジネスも兼業するつもりなのか? 政治が政治でなくなれば、倫理も何もない、ホントもウソもない、文字通りポスト真実の時代の幕開けである。

 新政権の補佐官や閣僚などの主要人事が続々発表され、“Make America Great Again”の中身が次第に明らかになってきている。ひとつ危惧されるのは、地球規模の環境問題への取組みにとって、トランプ政権は計り知れないマイナスだということだ。「地球温暖化は大ウソ」と決めつけ、選挙戦中はパリ協定からの離脱を公言していた。パリ協定の発効は大統領選直前にすべり込みセーフとなった。

 先月号の本欄で「2017年をどうやって管理していくか」と書いたが、トランプ劇場がどういうスタートを切るのか、悪い方向へのロケットスタートにならないか、大きな不安定要素が加わった。

 「超高速、参勤交代」よろしく金満ビルにはせ参じた安倍首相は、ポスト真実の時代を実に気持ちよく泳いでいるように見える。しかし、「アメリカのない世界」(本号、西谷氏)とどう向き合うかを考えなければいけない時が来ると、遅かれ早かれ気づくことになるだろう。

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清宮美稚子 (本誌編集長)

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