宮坂静生

 除染とは地べた剥ぐことやませ来る   伊藤雅昭
(季刊誌『浜通り』153号、45周年記念号)

 

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 3・11以降、「フクシマ忌」を用いた俳句が目につく。かねてから気になっていたこの季語が私の中で立ち上がるだろうか。そんなことを考えながら、福島浜通りを歩いた。
 富岡という柱の表示により、ここに駅があったのかと、ようやく分かる常磐線の駅。夏草が繁り、海との間の荒野に放射能汚染物を詰めた黒い袋(フレコンバッグ)が積まれている。福島の至る所で見られる光景だ。
 汚染土を削り、地表を剥がす。「除染」という。なんとかなしいことばか。もとより放射能汚染は道路や公園や校庭や田畑ばかりではないはずだ。森も山河も広大な自然がすべて濃淡の差はあっても放射能を浴びている。それを除染することは到底不可能である。それを承知で、せめて目先の限られた範囲であってもと、半ば諦め、やらないよりはという気持で、国は事故発生以後3年間で1兆5000億円の予算をつけたのである。白い防護服や除染マスクの作業員により道路脇や畦道や海岸の防波堤に並行して次々と積まれている黒い袋の山。
 見馴れている光景だと瞬間思い、はたと戸惑った。実物は初めてではないか。いつか、テレビや新聞紙上で嫌というほど目にして、見馴れた思いだったのだ。
 汚染した地面を剥ぐとはきりもないことだ。雷雨が過ぎれば、また新たな汚染が地表に纏いつく、やりきれなさが滲む。やませは三陸海岸地域の夏に多い東からの冷たい風。その中で、「地べた剥ぐ」とは絶望に近い作業を思わせる。夏休みの子であろう。不思議な眼差しで公園の除染を見つめる。これも日常化した福島の光景だ。汚染は土ばかりではない。原子力発電所の汚染処理が滞り海に流すことができない大量の汚染水は困惑の極みである。炎天下、除染作業のクレーンだけがうなりをあげ、張り切っているのが一層切ない。
(みやさか しずお・俳人)

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