編集後記(『世界』2017年4月号)

 

 就任から一カ月あまりが過ぎたが、トランプ大統領をめぐる混乱は収まる気配がない。支持率は出だしから低迷、人事にも躓き、メディアとは対決姿勢。早くも新政権が「自壊過程」に入ったのではと見る向きもある。H・クリントンに代表される既得権層のエスタブリッシュメント政治を打破するためには「劇薬」が必要だった―。そうかもしれないが、それにしても、前代未聞の事態である。新大統領が就任早々、中東・北アフリカ七カ国の出身者の入国を一時停止し、シリアなどからの難民の入国も一定期間禁じる大統領令に署名したことで、衝撃が広がった。しかし、いち早く空港に押し寄せた市民の抗議、さらには司法の抵抗で、大統領令は後退を余儀なくされた。

 

 トランプに扮した有名俳優も登場しての、新政権を笑いとばす「ユーモアの闘い」も繰り広げられている(本号、米谷氏)。就任セレモニー翌日の一月二一日には、反トランプ「女性大行進」が行われ、首都ワシントンDCには前日を上回る人々、全米では計約五〇〇万人が参加、この波は国境を越えて全世界に広がった(本号が店頭に並ぶ三月八日には、「女性のいない日」と称するゼネストが予定されている)。二月一六日はトランプの移民政策に抗議する「移民のいない日」で、二〇〇六年メーデーで大きく盛り上がった移民の権利要求ゼネスト(“No Human Being Is Illegal !”の叫びが記憶に新しい)を彷彿とさせるデモ行進が繰り広げられた。

 

 英国ではトランプの年内公式訪問阻止の署名が約二〇〇万筆集まり(二月下旬現在)、大規模集会も開かれている。ここでも皆が強調しているのは「レイシスト、ミソジニスト(女性差別主義者)にノー」。 一方では、ブレグジット後の英国、トランプ当選後の米国ともに差別的な事件が相次いでいるが、これらの運動の盛り上がりには市民社会の底力を見る思いだ。

 

 ひるがえって、日本はどうだろうか。ヘイトスピーチまがいの会長メッセージをHPに掲げる化粧品等製造販売メーカー、代表が執筆した歴史修正主義本を客室に設置するホテルチェーン、沖縄基地建設に反対する人たちへのヘイト「報道」を垂れ流して反省の色なしのテレビ局(本号、辛・津田対談)……。しかし批判の声はまだ弱い。教育勅語を暗記させる「愛国心の醸成」が話題の「瑞穂の國記念小學院」建設用地への国有地売却問題は、大手メディアが重い腰を上げたことで一大スキャンダルに拡大しそうだ。トランプ政権もだが、安倍政権もかなり追いつめられているのかもしれない。国会質疑でのらりくらりはぐらかすことができずに逆ギレし、いかにも余裕のない首相の答弁を聞くとそう思えてくる。

 

 今国会では、過去に三度も廃案になったゾンビ「共謀罪」の新しい装いでの成立が謀られている。日本は思想の自由やプライバシーが根こそぎ奪われる警察監視国家の道を突き進むのか、それとも共謀罪に四度目の待ったをかけられるのか。見習いたいのが米国や韓国の市民の動きだ。昨年秋以来続く韓国のロウソクデモは、大統領退陣要求にとどまらず、日常の不義と闘う市民が「憲法が守られる国」へと変える、より本質的な革命を広場で実現している(本号、白楽晴氏、李起豪氏)。

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 桐野夏生氏の連載小説「日没」が始まりました。本号と次号では雑誌『文学』(昨年末で休刊)に掲載された部分を二回に分けて再録し、書き下ろしは六月号からの予定です。ご期待ください。

                  清宮美稚子(本誌編集長)

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