武田真一

 
 公害が起きて差別が生まれるのではない。差別あるところに公害は起きる。
(原田正純さんの言葉)
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東日本大震災から6年、水俣病患者の救済に力を尽くした原田さんのこの言葉を、何度も被災地と重ねて思い返してきました。最近相次いで発覚した広域避難の子どもに対する「菌いじめ」などは、まさに「原発事故が起きて差別」の方向性ではあるのですが、もともと圧倒的な首都圏/地方の格差構造の中で原発の集中立地が進められ、安全策が軽視されてきた経緯を捉え直せば、「差別あるところに原発事故」の構図が浮かんでくるでしょう。
原発事故だけではありません。原田さんの言葉は「もともと格差や支配の構造があったりしたところに悲惨な出来事、社会のひずみは現れる」という警句です。であれば「公害」を「自然災害の犠牲と被害」と置き換えても成り立つのです。
そもそも災害はほとんどのケースでふだん目配りが利いていない、弱いところで被害が深刻になり、復旧、復興も長引きます。震災でも壊滅的な犠牲が出たのは、もともと発展の軸から離れた沿岸部、過疎や高齢化が深刻で構造的課題を抱えていたところです。
国の中の格差が放置され、差別の構造に置かれた地方の中の地方、周縁部に大きな犠牲と被害が集中した事実を、わたしたちは見逃すわけにはいきません。
高齢者のケアにしても、コミュニティーの再構築にしても、震災後に行われているさまざまな地域再生の支援活動は、震災以前に課題になっていながら放置されていたこと、手を付けられないでいたことに向き合う作業になっています。格差や差別の構造に置かれていた地域や住民たちに目を向けること。それが復旧であり復興ということなのでしょう。
6年の歳月の中で、そうしたことまで忘れ去られようとしているなら、悲しく危ういことです。周縁や末端からの視点、地域や地方を出発点として物事を見つめ直す意識転換が震災後の大きな課題です。それは、われわれ地方紙が震災前からずっと追いかけてきた大命題であり、この日本全体が今こそ共有すべき基本の姿勢ではないでしょうか。
(たけだ しんいち・河北新報社防災・教育室長)

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