小森はるか

何もかも津波で壊滅してしまって、そこに茫然と人が残るんだ。そのとき人は何をしなくちゃいけないのか。まずは心に希望の種を。ふるさとの街に復興の種を。そして被災地に幸せの種を蒔く。これはたね屋の念仏だ。呪文のようなものだ。
(陸前高田市在住、佐藤貞一さんの言葉。映画『息の跡』より)
*  *
震災後、佐藤さんは何度この呪文を唱えたのだろう。何カ国の人の心にこの呪文が届いたのだろう。わたしがはじめて佐藤たね屋を訪ねた時、「たね屋らしくていいでしょ?」とこの言葉を教えてくれた。
2017年、陸前高田で種苗店を営む佐藤さんを撮影した記録が、映画『息の跡』という形で劇場公開を迎えた。わたしは友人の瀬尾夏美さんと一緒に、2012年から陸前高田で暮らすことをはじめ、すれ違うひとたちも、そこで聞く話も、バイトの通勤時間に見える風景も、東京での暮らしとはまるっきり違うものになった。その中で、津波によって失われたたくさんのかけがえのないものと、その後に残された風景との間に立ち、手を動かしている人たちの姿にたくさん出会った。佐藤さんもその一人だった。このまちの日常に流れていた時間は、あの日の後も、離ればなれになった一人一人の日常の中に続いていると感じるようになった。
しかし時間が経つにつれ、すぐ隣にそんな人たちがいる日々を、振り返ることも忘れてしまっていた。それがわたし自身にとって当たり前になってしまわないよう、一人一人の暮らしを撮りたいと思った。そして、佐藤さんの店へとカメラを持って通い始めた。
佐藤さんの手によって植物も、手記も、手作りの道具も、行く度にぐんぐん成長して、小さな店から溢れ出すようだった。この店がいつか移転することは、佐藤さん自身もわたしも知っていた。それが3年後なのか、5年後なのかはわからないけど、限られた時間であることはわかっていた。それでも佐藤さんが何かを育てるのに手を抜くことはなかった。だから、わたしも無くなるから記録をしているのだとは思わなかった。佐藤さんの日常のそばで、生まれていくものたちの小さな光に出会えることが嬉しくて、それについて語る佐藤さんの言葉を聞きたくて続いてきた記録だと思う。
映画の公開が決まり、再編集の準備をしている最中、店の移転の日が決まった。その頃、わたしは仙台で暮らしていて、陸前高田へは月に一度通う程度になっていた。偶然にも、この映画は佐藤さんが店を解体する場面までを記録した作品となった。あの場所に行ってももうお店がないということも、あの場所に佐藤さんの日常があったということも、どちらも幻みたいで信じられなくなるときがある。だけど、思い返してみれば、陸前高田に暮らしながら撮っていた記録の終わりは、佐藤さんのあの呪文を唱える場面だった。佐藤さんは新しく高台にできたお店で、今も呪文を唱え続けているのだろうし、「心に希望の種を」という言葉は、きっと佐藤さんと出会った人の心の中に残っていく。それには終わりがないと信じることができる。店がなくなることによってこの記録の意味が変わってしまったのかもしれないが、それでも変わらずに残っていくものを、佐藤さんが伝えてくれていたのだと、その一端が映像にも写されているのだと、今改めて感じている。
(こもり はるか・映像作家)

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