八木啓代

希望よ、おいで
(シルビオ・ロドリゲス)
*  *
上の言葉は、1990年のキューバで発せられた。ソ連東欧圏が崩壊して冷戦構造が失われ、キューバが孤立する中で、米軍の侵攻がありうると(そしてそうなれば、多くの人が死ぬことになるだろうと)皆が思っていた頃。キューバを代表する詩人で作曲家のシルビオ・ロドリゲスが、“Venga la esperanza”(希望よ、おいで)という歌でそう歌った。
「子供の頃、西暦2000年になったときの、自分の年を指折り数えたものだった/ その頃には、素晴らしい未来が待っていると信じて/その21世紀を目の前にして気づいたのは/人類はまだ幼すぎて、夢の時代はまだ遥かに遠い」
それでも、「希望よ、おいで」と。
2011年3月12日のあの日、震災から一夜明けて、やっと動き出したものの、果たしていつ目的地につくのかわからない、超満員の地下鉄の車両の中で、私はこの歌を無意識に口ずさんでいた。
ほんの少し前まではSFの世界の物語だったことが次々に実現されるほどに文明が進歩しても、猛る天災を防ぐすべはなく、地道に積み上げられ、築き上げられてきたものが一瞬で崩れ去るという儚さに。そして、さらに悪いことに、人が制御できるつもりで傲慢にも焚いた原子力という火に、その奢りを嘲笑うかのように与えられた一撃が、さらに多くの自然を、国土を、生活を奪っていくのかもしれないという不安と悲しみに。
それでも「希望よ、おいで」と。
かつてパンドラの箱の一番底にあったというそれが、結局は、不安と悲しみの中から人を救うことのできる最後の拠り所なのだろう。
かつて災厄と死の予兆の中でキューバの友人たちが抱いたのとも似た不安と悲しみの中で、それでも、「人類が成長し、いままでの、そして、いまこれから、私たちが直面するかもしれない幾多の悲惨さえもが、いつか、『もう繰り返されることのない過去の歴史』として記録の中だけに存在しうる時代」がいつかは訪れてくれるであろうと、そう信じたい。そして、そう信じるからこそ、自分にあてがわれた時代の中で、砂粒を積み上げながら生きるという闘いを続けていくことができるのだろうと。
(やぎ のぶよ・歌手、作家)

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