粟津ケン

「でも、思いましたよ。むかし広島の被爆した人たちを『放射能がうつる』なんて差別することもあったらしいけれど “まさか”わたしたちが同じ立場になっちゃうなんてねー」
 (たまたま喫煙所で隣り合った女性(2012年12月)、壷井明『福島行き「無主物」制作ノート vol. 1
2011年8月~2016年3月』より)
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今、この時間に、被曝しながら低賃金で過酷な労働を強いられている多くの原発作業員がいる、未だに応急仮設住宅と呼ばれるプレハブで帰る場を失った老人たちも大勢いる、汚染された土壌に怯(おび)えながらそれでもそこで生活するしかない母親や子供たちもいる。そしてたった今、ベニヤ板に描かれた幾枚もの絵画の群れがKENという空間にあり、それを僕は見つめている。絵の奥から、無名な人々のシャウトが鮮烈な沈黙で響いてくる。
壷井明という現代美術家の作品。彼はフクシマに幾度も足を運び、現地に生きる人々の無数の言葉を記録し、それを身体で受け止め、視覚化してきた。彼は棄てられた闇に生きる人々に光をあてている。変化し続けるその現地の状況を文字通りイラストレーションしているのだ。その際、極めて土臭く、感情的に(http://dennou.velvet.jp/)。
壷井明のこの仕事は今、加速する一方である。終わりなど全く見えない。僕が主宰するこの三軒茶屋の小さな芸術スペースKENでは、彼の個展を6回も行ってきた。二人で渋谷や新宿の街に出て、そこでトークを展開するゲリラ展示も継続してやっている。アートの可能性を探るためだ。前回の個展にはピアニストの崔善愛(チェ・ソンエ)さん、双葉町出身の大沼勇治さん、元第五福竜丸乗組員の大石又七さん、詩人の森川雅美さんがゲストとして来た。反発しまくる表現の連続。カッコイイ。彼らも、壷井明も、KENも、今や本格的なマイノリティーであると誇りを持って自覚した。東電もクニもだが、何よりも無言の国民が大マジョリティーであり、制度化した日本の美術界も当然この流れに乗っていて、壷井明は必然的に無視されることになる。色んな意味で既存の文脈に収まらない彼の存在は危ういのだ。
マイノリティーとは、けれども社会の弱者ではない。僕にとっては真逆だ。世界的には一番可能性がある。今、僕は去年亡くなった天才・モハメッド・アリを想うのだ。特にこれからの時代、ここ日本でも、とりわけ表現の分野では、それが美術であれ、音楽であれ、文学であれ、スポーツであれ、真の少数派こそ、表現者として最も極めつけのポテンシャルを秘めているのだと思う。それは、命を張ってでも表現しなければならない理由があるということ。そして、3.11からは他ならぬフクシマの人々も同様にその理由を持っているのだ。
どんな時代でもそうだ。逆境の最中に我々の反発力=表現力は試される。今がそのタイミングだ。壷井明の活動が、そう訴えかけてくる。
(あわづ けん・KEN主宰)

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