増田ユリヤ

ともだちって
かぜがうつっても へいきだって いってくれるひと。
ことばがつうじなくても ともだちは ともだち。
だれだって ひとりぼっちでは いきてゆけない。
ともだちって すばらしい。
(谷川俊太郎・文、和田誠・絵『ともだち』より抜粋、玉川大学出版部)
*  *
震災の二日後、私は予定通りパリに向かった。中東やアフリカから、戦禍を逃れ、命からがらひとりでフランスまで逃げてきた未成年亡命者たちの取材のためだ。東北の大惨事を目の当たりにし、今、日本を離れていいのか、何度も自問自答した。ただ、私自身が直接被災した訳ではなかったので、目の前にあることを一つひとつ片づけながら、その都度何ができるかを判断していくしかない、という結論に達した。
パリに着くと、誰もが震災のことを知っていて、とても心配してくれた。テレビやラジオからはフランス語に混じって「フクシマ」の名が繰り返し聞こえてくる。中には「原発事故があった日本なんかに帰せない。お金の心配もいらないから、うちに来なさい」と言い出す人までいた。有難いのと同時に、事態の深刻さを思い知らされ不安は増すばかりだった。
そんな私を支えてくれたのが、明日をもわからない不安の中を生きている、未成年亡命者たちだった。部族の掟を守らないからと拷問にかけられたマリの少年、目の前でタリバンに両親を殺され、自分の命も危ういからと逃げてきたアフガニスタンの少年……。滞在許可がおりるのか、このままフランスで暮らしていけるのか。家族とも離れ離れになり、右も左もわからない異国にあって、言葉もろくに通じない私に対して、懸命に話しかけ、励ましてくれたのだ。「オレは何もしてないよ」としらばっくれながら、見えないように私の肩を叩いて笑わせてくれたり、「彼女を作るにはどうしたらいい?」と相談してきたり。「大学に行って原発について勉強したい。日本の役に立てるかもしれないよ」と夢を語ってくれる少年もいた。自分のことだけで精一杯のはずなのに、前向きに、人を思いやる気持ちを忘れない彼らの姿に胸が熱くなった。
「絶対に(筆者を)忘れないよ。オレたちトモダチだから」
彼らの笑顔を胸に、今なお、細々とだが被災地支援活動の取材を続けている。
(ますだ ゆりや・ジャーナリスト)

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