こぼればなし(2017年9月号)

こぼればなし

 去る七月一九日、第一五七回直木賞選考会当日、佐藤正午さんは居を構える佐世保にいました。いつもよりも早めに閉店した、なじみの喫茶店で結果を待つ佐藤さんに吉報が届いたのは、一九時二〇分。選考会が始まってから二時間以上が過ぎていました。
  店内に喜びとともに安堵の空気が広がるなか、マスターが密かに準備していた花束を手渡された佐藤さんは、待ち疲れた表情を一変させ、驚きとともに、とてもうれしそうな微笑を浮かべました。
  そのあとの記者会見も佐藤さんらしい、ユニークなものになりました。なんのために小説を書くのか、という問いに、「なんのために? なんのためなんでしょう?(しばし沈黙) いや、ちょっとそれ、むずかしいですね。あの、あんまりいじめないでください」(会場、笑)。
  ずっと佐世保を離れることなく書き続けてきて、今回の選考結果も東京ではなく佐世保で待つことにした、その理由を訊ねられると、「地方在住の方は地方で待って、電話で会見に臨んでもかまわないということが日本文学振興会からもらった案内に書いてあったので、そちらを選びました」(会場、笑)。
  「この記者会見で、僕はある程度質問を想像していたんですけども、全然違う質問が飛んでくるんで、もうなんて応えたらいいか、わからないですよ」(会場、笑)。
  といった感じで進んだ会見。最後に司会の方から、なにか言い残したことはありませんか、と問われた佐藤さん。「いや本当に、なんかうまくしゃべれなくて申し訳ないです。(記者のみなさんには)集まっていただいたのに、あの、すみません」(会場、笑)。
  なにか、「作家らしさ」「作家的な物語」を求めて質問する報道陣と、一般的にイメージされる「らしさ」を裏切る、作家らしからぬ応答でむきあう作家。このかみあわなさが、受賞会見をその人らしい、どこかおかしみのある雰囲気にしていました。『小説家の四季』など、佐藤さんのエッセイにふれたことのある方なら、こうしたおかしみはおなじみのものでしょう。贈呈式は八月二五日。奇しくも佐藤さん、六二回目の誕生日です。直木賞という大きな誕生日プレゼントに、佐藤さんがどんな受賞のスピーチをされるのか、たのしみです。
  ふだんどおりに、飾ることなく記者会見に臨んだ佐藤さん。受賞作である『月の満ち欠け』について、こんなコメントを残しています。「とにかくおもしろい小説を書こうという、それだけだったと思います」。デビューから三四年。還暦を過ぎての初ノミネートで受賞をはたした本作は、小社の長い歴史においても初の直木賞受賞作になりました。
  本号で池澤夏樹さんの「詩のなぐさめ」が終了します。毎回、池澤さんがたのしんでお書きになっている感じが伝わってくるものでした。全六六回、五年を超える連載の終わりに、本当に名残惜しい思いがいたします。長いあいだのご愛読、ありがとうございました。

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