森田裕美

「忘れないと、つらくて前に進めないこともある。でも私たちは、忘れてはいけないことまで忘れてしまっているのではないでしょうか」
*  *
広島市の児童文学作家・中澤晶子さんをインタビューした際、投げ掛けられた言葉である。
東日本大震災と福島第1原発事故の発生から5年を迎えた昨年3月のこと。中澤さんはちょうど、チェルノブイリと福島を舞台に、置き去りにされた子豚の目線から人間の「忘却」を問う児童書『こぶたものがたり──チェルノブイリから福島へ』(ささめやゆき画、岩崎書店)を出版していた。
中澤さんの話にうなずきながら、以来、「忘れてはいけないこと」についてずっと考えている。
72年前、米国に原爆を落とされた広島で、新聞記者として、被爆者たちの「忘れたくても忘れられない」悲しみに耳を傾け、伝える仕事を続けている。「記憶の風化」とか「継承が課題」とか叫ばれて久しいけれど、いまだに見つからない肉親を捜す人、自分だけ生き残ってしまったと罪のように感じて過ごしている人は少なくない。きのこ雲の下には、無数のいのちの営みがあって、痛みはいまに続いている。それを、「忘れてはいけない」と強く思う。
一方、国内外から被爆地を訪れた政府要人たちを取材すると、多くは神妙な面持ちで「ヒロシマを忘れてはいけない」と口にする。そうした志の共有が、国連での核兵器禁止条約採択につながったとの見方もあろう。でもどこか空虚な響きを感じてしまう。そしてその条約に、核保有国や被爆国政府は背を向けている。
福島についてはどうだろう。人間は核を制御しきれない――。あれほど思い知らされ、多くの人が立場を超えて、「忘れてはいけない」と胸に刻んだはずだ。それでもいま、都心は五輪開催に沸き、気がつけば各地の原発が次々と再稼働している。
「忘れてはいけないこと」とは何なのだろう。
歳月が、記憶を遠のかせてしまうのは無理からぬことかもしれない。だから折々にかみしめ、自らに問い掛けを続けたい。それが、忘却にあらがうことにつながると信じて。
(もりた ひろみ・新聞記者)

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