森 達 也

おふくろが流されたのは私のせい。私が油断したのが間違いだった。
(石巻市牡鹿半島のSさんの言葉、『毎日新聞』2011年3月22日)
*  *
揺れは激しく、その後の予定はすべて白紙となり、僕はその場にいた人たちと居酒屋に行った。さんざん飲んだ。でも電車は復旧しない。徒歩で二時間ほどかかる友人の家に行った。泥酔状態で着いた家でテレビを観て、初めて東北で起きていることを知った。ビールを飲みながら下らない話に僕がゲラゲラ笑っていたそのとき、東北では多くの人たちが、津波に呑まれながら死んでいった。でも気づかなかった。これほどの災害だとは思わなかった。想像すらしなかった。
翌日に帰宅してからほぼ二週間、僕は家にこもり、早朝から深夜まで、ひたすらテレビを観続けた。僕のこれまでの生涯で、最も濃密にテレビを観続けた日々だと思う。たまにメソメソと泣いていた。つまり鬱状態になっていた。
そんなときに、年老いた母親と共に逃げようとしながら、結局は自分だけが助かった男性が、今もなお自分を責め続けているという記事を新聞で読んだ。
彼だけではない。多くの人たちが、愛する妻や夫や子や両親を失いながら自分だけが生き残ったという現実を、咀嚼できずにいる。被災者だけではない。被災しなかった人たちも(その瞬間に泥酔していた僕も含めて)、以前とは変わらない日常を送りながら、この感覚をどこかで共有している。英語にすれば、Survivor’s guilt。強いて訳せば「生き残ったがゆえの罪責感」だ。
これらの疼きや後ろめたさは、他の災害や事故に対して、これまで無関心だった自分に気づかせる。世界では今この瞬間も、飢えや病気や戦争で、多くの人が苦しみながら死んでいる。時おりはそんな人たちのことを考える。でも決して持続しない。これまではそうだった。でも3月11日以降、目を逸らしてきた自分たちの本質的な冷酷さに、多くの人たちは意識下で気づいてしまった。
ならば日本は変わる。一時はそう思った。でも一時だった。この国の復元力は強い。あっというまに疼きは消えた。でも気づいた人はいる。そんな人たちが世界を変える。今はそれを信じよう。
(もり たつや・映像作家、作家)

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