大口玲子

お家(うち)焼かれた東京の
子供よ子供よみな来ぬか
田舎は静かだお日和(ひより)だ
蜜柑も熟れた菊咲いた
(若山牧水「田舎に来ぬか」より『若山牧水全集』第11巻「童謡集」、増進会出版社)
*  *
東日本大震災直後、「何を食べよう」「どこに住もう」というシンプルで深刻な問題に直面した。当時2歳の息子がいて、宮城県仙台市在住。震災によって重大事故が起きた原発は、隣の福島県にある。とりあえず、事故を起こした原発から離れようと長崎まで行った時、宮崎の伊藤一彦さんが電話をくれた。同じ短歌の会で、父親のような存在感の大先輩である。大きく温かい声で「仙台から長崎まで来たのに、何で宮崎に来ないの」と言ってくださった。それがきっかけで、私達家族は親類縁者のいない宮崎に移住し、もう6年になる。
宮崎で暮らし始め、東北はみるみる遠くなった。何か自分にできることをしようと、「福島の子どもたち宮崎に来(こ)んねキャンプ!」の手伝いをしている。「来んね」は宮崎の方言で「来なさい」とか「おいでよ」の意味。放射能の影響で外遊びが制限される福島の子どもたちが、宮崎で思い切り遊ぶ1週間のキャンプで、来年は7回目になる。これまで、食事を作ったり、小さい子どもを抱っこしたり、お金がある時は寄付をしたり、ささやかなお手伝いをしてきた。そのたびに、「来んね!」の呼びかけに応えて宮崎へ来てくれたお母さんたち・子どもたちに直接向き合うことで、東北を離れた私自身が深く励まされていることをいつも感じる。
「田舎に来ぬか」は、90年ほど前に若山牧水が書いた童謡である。この「田舎」は、牧水が当時住んでいた沼津だが、宮崎生まれの牧水の話し言葉だと「田舎に来んね!」となるのだろうか。関東大震災で傷ついた子どもたちへの優しい呼びかけである。
しかし改めて考えてみると、今の日本で牧水のように無邪気に「子供よ子供よみな来ぬか」と言える所があるだろうか。震災後54基すべてが稼働停止となっていた日本の原発は、少しずつ再稼働が始まった。隣の鹿児島県でも、2年前、川内原発の運転が再開されている。
私は牧水が生まれた宮崎に住み、牧水が生きた時代には一つもなかった原発を気にかけながら、牧水は一首も作らなかった原発の短歌をときどき作ったりして暮らしている。息子は9歳になった。
(おおぐち りょうこ・歌人)

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