編集後記(『世界』2017年12月号)

安倍首相が選挙戦期間中、テレビ番組で「少子高齢化対策に、いよいよ取りかかる!」と発言したと聞いて、椅子から転げ落ちそうになった。

 合計特殊出生率「一・五七」ショックが日本中を駆け巡ったのは一九九〇年のこと。一九九四年からはエンゼルプランだの新エンゼルプランだの、子育て応援対策が次々にたてられたが、その後も出生率は低下の一途。二〇〇六年を境に微増に転じはしたが、二〇一六年の数字は一・四四で、出生数も初めて一〇〇万人を割り込んだ。出生率の上昇は、真に出産・子育てのしやすい社会に向けて適切な対策がとられた結果、もたらされるものである。とはいえ、まさに「国難」には違いない。政権獲得から五年近くを経て、解散総選挙の口実として突如言い立てるのではあまりにむごい。

 少なくとも三〇年近く、政治はほぼ無策だった。そういう政治家を私たちは選んできた。二年ほど前にある元厚労省高官の講演を聴いたときのこと、少子化対策がなぜ進まなかったのかという聴衆の質問に彼はこう答えた。「国民の皆さんが悪かったとしか言いようがありません」
 選挙戦で安倍氏が訴えたもうひとつの「国難」、北朝鮮危機のほうはどうか。

 今回の総選挙に出馬せず、政界引退を表明した亀井静香氏は、一〇月一六日、ある野党候補の応援に駆け付けていた。「トランプを羽交い締めにしてでも北朝鮮攻撃をさせない、そういう首相を生み出さないといけない」「アメリカについて行けば日本は安全なんて思考停止ではダメだ」―名物政治家の飛ばす檄に、集まった市民たちは大きく頷いていた。

 本誌が店頭に並ぶ頃には、トランプ初来日騒動はひと段落しているだろうか。北朝鮮危機を煽る世界でただ二人の首脳が日本でゴルフを楽しむという。政治空白をつくりかねない選挙の強行、半年も開かれない国会。これこそが「国難」では。

 「二つの国難からこの国を守り抜く!!」と言われ、本当は何を問う選挙なのか皆目わからぬまま、一〇月二二日、台風の吹き荒れる中、一部投票所が避難所に重なるような悪条件のもとで投開票が行われた。投票率はかろうじて過去最低ではなかったが、二〇〇九年総選挙に近い数字だったら結果はどうなっていたか。

 約二人に一人しか投票しない「民主主義国家」日本。民主主義のインフラは崩壊寸前だ。地方では首長や議員の候補者が足りず無投票当選もしばしば。低投票率はますます深刻だ。「ボトムアップの草の根民主主義」(立憲民主党・枝野代表)のためにもインフラの建て直しは急務だが、それは市民一人ひとりの自覚と、民主主義の担い手となる若い層への着実な主権者教育の結果、もたらされるものだろう。

 子どもたちへの政治教育に力を入れているドイツでは、本選挙に合わせて、小中学校や高校、地域で模擬投票が大規模に行われる(「ジュニア選挙」「U―18」の二種類)。各党の政策をまとめたパンフレットや政策比較表が無料で配布され、子どもたちと候補者による公開討論会も開かれるという(『毎日』九月三〇日)。「一八歳選挙権」の日本も参考にしたい事例だ。

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 一〇月一五日に開催された連続シンポジウム「ジャーナリズム考」第一回(早稲田大学ジャーナリズム研究所、ワセダクロニクル、『世界』編集部共催)には、選挙期間中にもかかわらず多数の方にご参加いただきましてありがとうございました。第二回目は来年一月下旬の予定です。

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