編集後記(『世界』2018年1月号)

「君たちはこの《超現実》をどう生きるか」.これが新年早々の「メディア批評」(神保氏)のお題の一つである.

 日米両首脳の親密ぶりをメディアがひたすら持ち上げた二〇一七年一一月の米大統領来日は,まさに《超現実》の時代とはどういうものかを実感させた.時代の主人公はもちろんトランプである.

 「現在のアメリカは,二〇世紀を通じて私たちが慣れ親しんできたアメリカとは別の何かに確実に変化しつつある」―吉見俊哉氏(本号より新連載)はこう指摘する.フェイクニュースの氾濫するネットの舞台で踊り続けるのが,「トランプ大統領」という,それ自体がフェイクのような現実.「息をするように嘘をつく,見破るためにもメディア・リテラシーを」という次元の話ではない.フェイクニュースの生みだす問題の深刻さと,その背景にネット社会の大衆化と日常化があるという現実には暗澹たる思いである.トランプが大統領になったのも必然だったのかと妙に納得してしまう.

 安倍氏は総裁任期の延長と二〇二〇年の改憲を目指している,とされる.二〇一七年は「九条加憲」に言及し,また先の総選挙の公約にも改憲を掲げた.与党が三たび「三分の二」を手にした今,「改憲の発議をさせない」ことは重要だ.しかし,「ダムが決壊」し国民投票に持ち込まれたとき,本誌(二〇一七年五月号)で本間龍氏が指摘するところでは,大規模な広告宣伝を展開できる改憲派の圧勝は確実だという.さらに広告代理店の狙いは,テレビなどのオールドメディアだけでなく,ネットメディアである(『エコノミスト』一二月五日号,山田厚史氏の「ネットメディアの視点」参照).

 ネット時代,今後は民意の調達のされかたも一方的プロパガンダによるというより,一人ひとりのテーラーメイドの閉じた情報空間の中で,自ら引き寄せられるようになっていくだろう.データ分析会社ケンブリッジ・アナリティカと結んで新しい大統領選挙戦を指揮したS・バノンの怖さをいやでも感じたことを思い出す(『世界』臨時増刊〔No.894〕所収の「私が爆弾を作ったのではない.私は爆弾が存在することを示しただけだ――世界をひっくり返したデータとは」参照).真偽の混在するネット空間に,さらに改憲派の潤沢な資金が注ぎ込まれたら何が起こるだろうか.

 浮き足立ってはいけないと思う中で,久しぶりにうれしいニュースがあった.『君たちはどう生きるか』の一大ブームである.二〇一七年夏に漫画化され,ベストセラー驀進中だ.本誌初代編集長,吉野源三郎氏による原作が刊行されたのは,日中戦争の泥沼に突入する一九三七年のこと.戦争をはさんで八〇年間読み継がれ,今また新しい読者を獲得,一度引退を決めた宮崎駿監督の次回作にも決まっているという.このブームは,初版刊行当時,戦争の暗雲立ち込める時代と,現在の空気がシンクロすることを表しているのだろうか.この本を読んで,人間のモラルとは何かを落ち着いて考えたい.

 フェイクぶりでもドナルドに続けとばかりのシンゾー.税金で親友を儲けさせるというのが加計問題の本質だが,立法府の追及を逃れようと,あの手この手,嘘に嘘を重ねている.国会審議の形骸化は著しい.安倍政権の五年間で,小誌は「報道崩壊」「法治崩壊」などの特集を組んできたが,「国会崩壊」さらには「憲法崩壊」にならぬよう,立憲主義野党の頑張りに期待し,市民がそれを支えることを新しい年の譲れぬ一線としたい.

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