尾崎寛直

およそ戦争という国の存亡をかけての非常事態のもとにおいては、国民がその生命・身体・財産等について、その戦争によって何らかの犠牲を余儀なくされたとしても、それは、国をあげての戦争による「一般の犠牲」として、すべての国民がひとしく受忍しなければならない…
(厚生大臣の私的諮問機関「原子爆弾被爆者対策基本問題懇談会」答申、1980年12月)
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上の引用部分につづけて答申は、しかし原爆被害だけは「他の戦争損害と一線を画すべき特殊性を有する」として、放射線の傷害作用により健康障害を負った存命の「被爆者」のみは援護の対象になる、としている。
さてここで、答申の文言を入れ替え、「資源小国の日本がエネルギー自立を果たし、国の経済発展と国民の豊かな暮らしの実現に原子力発電は不可欠だった」という論理を当てはめたらどうなるだろうか。
3.11原発震災が起こったあと、原子力発電(核の「平和利用」)を強力に推し進めてきた国といわゆる「原子力ムラ」の住民たちがこの論理を振りかざして放射能汚染被害に対する「受忍論」を展開してこないか、危惧したことを覚えている。一部にはその向きがありつつも、国の方針としてそうした論理があからさまに振りかざされはしなかったが、その後の原子力損害賠償支援機構の巨額の交付国債による東電救済や事故処理費用を託送料に上乗せする政策を見ていると、根底にないともいいきれない気がする。
この国は「唯一の被爆国」として原爆被害を象徴的に悼みながら、他方で原発推進を図るという両者の切り離しに「成功」してきた稀有な国である。「被爆者」は、原爆放射線の影響を計る上で距離・時間・病像によって徹底的に類型化され、放射能汚染被害の全体像は不明のまま、分断的に補償・救済された。故にそこから漏れ落ちた人々の被爆の認定をめぐる係争が戦後72年の今なお続いている。
被害の全体像から一角を切り出し、分断的に補償・救済しようとする手法は、他の公害でも繰り返されたある意味でこの国の常套手段であるが、それは被害の全体像を見えにくくするだけでなく、補償の格差を生み出し、家族・地域社会などの共同体・コミュニティの人間関係に深刻な亀裂を生み、破壊する。
残念ながら、すでに避難にともなう生活・財産の被害補償において膨大な格差がもたらされるなど、原爆被害に持ち込まれた分断や線引きなどの問題構造が福島第一原発事故にまでオーバーラップする情況が生じている。原爆被害を含む空襲被害者が辛酸をなめてきた戦後70余年の苦渋の時間を繰り返さないためにも、ここで悪循環を断ち切らなければならない。
(おざき ひろなお・環境政策、環境福祉論)

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