読む人・書く人・作る人(2018年1月号)

知識の限界を知る

村山 斉


 長いアメリカ暮らしののち、しばらくぶりに日本で仕事を始めたときのこと。いただきものの菓子折りを持って挨拶に行った。「日本には謙譲の文化があるから、へりくだらなくては」と考え添えた言葉は「これはたらい回しですが……」(!)。広辞苑で意味を調べると、「一つの物事を、責任をもって処理せずに次々と送りまわすこと」とある。特に文章を書くときには調べてからでなくてはいけない、と痛感した出来事だ。
 英語ではスペリング、日本語では漢字を確認するため辞書は元よりよく使っていたが、以来、うろ覚えの言葉は必ず辞書で確認する。頼りになるのはiPadやiPhoneに入れた広辞苑。
 子ども時代、家にあった辞書は『広辞苑第二版』だけだった。子ども用の国語辞典を父にねだると「広辞苑があればよい」と、買ってくれない。それで、旧字・旧かな、難しい言葉だらけの愛読書『パイプのけむり』(團伊玖磨)も、広辞苑を引き引き読んだ。百科的な解説も、図版があるのもありがたい。
 衝撃的だったのは、この『第二版』が形容動詞を「認めない」としていたこと。学校で習ったことと違う。いろいろな意見があり、答えは一つではない、ということを知った。
 家庭では、食卓にiPadを持ち込み、子どもたちと一緒にわからないことはすぐに調べる。記憶に残るのは「シュークリーム」の語源。まず調べ、そして納得する快感を覚えてほしい。けれども、その先には広辞苑にも載っていない、わかっていないことがある。広辞苑が、知識の限界と出会う場でもあってほしい。

(むらやま ひとし・物理学・Kavli IPMU機構長) 

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