寺澤尚晃

津波で、家も友達も流れちゃった。全部昔のまんまに戻すことはできないけれど、少しずつ新しいつながりができてきた。
 (岩手県陸前高田市の女性)
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『朝日新聞』岩手版で「3. 11 その時 そして」という連載を続けている。「3月11日、午後2時46分、みんなは、何をしていたのだろう。それから、どう生きているのだろう」。震災1カ月の2011年4月11日付紙面で、こう記して始まった連載は、これまで一度も休むことなく続いている。2018年1月11日付で、連載は2401回を数えた。
冒頭の言葉は、最近「その時 そして」の連載で取材した人の言葉だ。彼女は津波で自宅が流され、趣味の大正琴サークルの友人も亡くした。かつてのご近所さんとは違う世帯が隣り合う仮設住宅は、4年住んでもなかなかなじめなかった。仮設の薄い壁では、大正琴を思い切り演奏することもできなかった。何より、亡くなった友はかえってこない。
それでも様々な人の支えで少しずつ歩んできた。
震災から半年ほどして、彼女らの元に、全国の大正琴愛好者から、新品が送られてきた。「もう楽しむことはない」と思っていたが、仲間とサークル活動を再開させた。今では県外へも出かけ、みんなで演奏旅行に行く。
一昨年入居した災害公営住宅で、新しい「ご近所さん」との生活も始まった。知らない隣同士を結ぶために、彼女は自治会の婦人部長になってお茶会や食事会などの催しを率先して開催した。みんなの名前が覚えられるように名札をつくった。集合住宅だと閉じこもってしまう人もいる。特に独居男性に多いという。「そんな男性を引っ張り出すには、やっぱり胃袋」。一人ではなかなか作らないカレーライスなどを大鍋で作り、みんなで食べる。若い女性が連れてくる赤ちゃんは、みんなのアイドルだ。住宅の集会所には、穏やかな時間が流れている。
一方で、震災からまもなく7年になるというのに、いまだに仮設住宅での生活を余儀なくされている人もいる。被災者すべての人が穏やかな時間を取り戻すのは、いつなのか。みんなの「その時 そして」を聞いてみたい。
(てらさわ なおあき・新聞記者)

*「その時 そして」はウェブサイトでも読むことができます。 http://www.asahi.com/area/iwate/articles/list0300127.html

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