坂上 香

沈黙とは、まだ発話されていないこと、言葉にならないこと、抑圧されていること、消されたこと、聞き入れられていないことが漂う海である。
(Rebecca Solnit, The Mother of All Questions, 2017)
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あの日、大きな揺れを感じたのは、霞が関にある法務省の会議室でのことだった。国内の刑務所をドキュメンタリー映画化したいと、幹部らを前にプレゼンの最中だった私は、しばらく別室で待機となった。その時、テレビモニターを通して、津波に町の全てが飲み込まれていく生々しい映像を見たことを、鮮明に覚えている。
その3年後、ようやく取材許可が下り、ある男性刑務所で撮影を始めた。「治療共同体」と呼ばれるプログラムが導入され、受刑者同士が語り合うことで問題行動を変容させようとする国内唯一の刑務所である。そこでの2年間の取材中に、東日本大震災で被災した後、罪を犯した受刑者に2名出会った。やっぱり、と思った。
というのも、米国の刑務所ではロサンゼルス地震や自然災害で深いトラウマを負った受刑者に、国内でも阪神・淡路大震災を機に、薬物やアルコール依存症になった人たちに出会っていたからだ。
前述の二人に共通していたのは、被災体験には蓋(ふた)をしてきたことだった。たとえばその一人は、いつもは荒々しく雄弁だったが、話が被災関連に及ぶと極端に口数が少なくなった。もう一人は、二つの大震災を別の土地で体験していた。普段にこやかな彼は、震災の話になると決まって表情が沈み、「そこのところだけ記憶がないんです」と口ごもった。
治療共同体のプログラムで受刑者から様々な質問が投げかけられる中、二人が震災以降、強い無力感や虚無感に苛まれてきたことも明らかになっていった。ある時、前者が消え入るようなか細い声で、震災から3年以上経った今も、親族の遺体を目にした時の夢を見続けていると言った。そして後者は、消えたはずの最初の震災の記憶が二度目の震災で蘇り、それに無理矢理蓋をしようとしてきたのかもしれないと言った。
もちろん、彼らの問題行動には、被災体験だけではなく、それ以前の生育環境や他の要因が関係している。被災者が皆依存症になるわけでも、犯罪に走るわけでもない。また、受刑者に被災体験があるからといって、それ自体が犯罪にどの程度影響しているのかはわからない。
「被災者」から、私たちは何を連想するだろうか。ヒーロー(頑張る人)もしくは被害者(可哀想な人)を思い浮かべはしないか? 誤解を恐れずに言えば、実際はそのいずれでもなく、沈黙の中に身を置いている人が多数だと思う。沈黙にも様々な種類や意味があるが、えてして孤立を生みやすく、前述の二人のように問題行動へと駆り立てることもある。だからこそ、彼らの声が聞き入れられる(沈黙から解放される)場を、この社会にもっと作る必要がある。そのことを念頭に置いて、映画の編集作業に取り組んでいる。
(さかがみ かおり・ドキュメンタリー映画監督)

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