四元康祐

東海(ひんがす)の小島(こずま)の磯(えそ)の砂(すか)っぱで
おらァ 泣(な)ぎざぐって
蟹(がに)ど 戯(ざ)れっこしたぁ
(新井高子編著『東北おんば訳 石川啄木のうた』未来社)
*  *
元歌は石川啄木の代表作、「東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる」。これを彼の故郷の言葉に訳すとどうなるか──。訳したのは大船渡に住む「おんば」(おばさん、おばあさん)たち。仕掛けたのは詩人の新井高子。長く彼女自身の郷里桐生の方言で、絹を紡ぐ女たちの詩を書いてきた人だ。震災3年後から仮設住宅の集会室に通い始め、みんなでワイワイガヤガヤ、2年がかりで100首を訳した。おんばたちの話し言葉はケセン語と呼ばれる。盛岡生まれの啄木が話した言葉とは異なるが、おんばたちの声は啄木の「短歌の心をつかまえている」。
余計な解釈を加えない「直訳」である。けれどもあの惨事をくぐり抜け、今もその地で暮らす人々の口に寄せられた言葉だと知った途端、この「磯」にあの津波が打ち寄せてくる。泣きぬれる「われ」が、瓦礫に立ち竦む被災者に乗り移る。砂を這う蟹(がに)の向こうには、溶解する原子炉から立ち上る煙さえ見えるかのようだ。
僕は日本を離れて30年、あの震災も地球の裏側から見守るばかりだった。無数の映像に喰入り、貪るように記事を読んだが、対岸の火事であることに変わりなかった。だがこのおんば訳を読んだ時、初めて、僕は被災した人の心に触れたと思った。おんばたちの声に魂を攫われて、現場へと連れてゆかれた。もう二度と、僕は啄木のこの歌を、3.11から離れて味わうことはできないだろう。
砂(すな)っこの山裾(やますそ)さ転(ころ)がった 流(なが)れ木(ぎ)さ
あだりほどり見回(みまあ)して
ものっこ語(かだ)ってみんべ
元歌:砂山の裾によこたはる流木に/あたり見まはし/物言ひてみる
翻訳とは不思議なものだ。他人の言葉を取り入れて、自分の口から吐き出す。そこにどんな私情も交えまいとしても、何かが滲み出てしまう。自分には見えない自分の背中を映し出し、時に言うに言われぬ思いを伝える。言い直すという行為には、詩の本質的な働きが宿っているに違いない。
海の底の烈しい震えが、巨大な波と化して内陸まで伝わったように、心の深部のエネルギーが言葉の波に運ばれて、時空を隔てた見ず知らずの心へ届く。生き延びたおんばたちの声が、啄木の歌を経て、僕を泣かせ、かと思えば笑わせる。その束の間、僕らは死と生の境を超えて、ひとすじの命の流れに連なっている。
なみだァ なみだァ
不思議(おがす)もんだなぁ
そんで洗(あ)れァば 戯(おだ)づだぐなるなぁ
(よつもと やすひろ・詩人)

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