こぼればなし(『図書』2018年3月号)

こぼればなし


 級に大改訂。10年ぶりの。――この文言、書店でみかけた方も多いのではないでしょうか。広辞苑第七版に新たに収められた項目でつくったポスターのコピーです。

 発売時には、しまなみ海道やLGBTといった新項目の語釈をめぐって、TVやネットで大きな話題となりました。お叱りもいただきましたが、辞書というものは様々な修正を経て、時間をかけて成熟してゆくもの、という励ましのことばもいただきました。読者のみなさまからお寄せいただく、いろいろなご意見が辞書を育ててゆくのであり、それを糧として、よりたしかな辞書づくりに取り組んでまいりたいと思います。

 ひがし-にほん-だいしんさい【東日本大震災】二〇一一年の東北地方太平洋沖地震およびそれに伴う大津波による大規模災害。発生した津波は内陸に六キロメートル浸入、遡上高は最高約四〇メートル。死者・行方不明者は約二万人と東北地方太平洋岸に甚大な被害をもたらした。東京電力の福島第一原子力発電所で起こった放射能漏洩を伴う深刻な事故による避難は長期化。

 くまもと-じしん【熊本地震】二〇一六年四月一四日二一時二六分に熊本県熊本地方に発生したマグニチュード六・五の地震に引き続く地震活動。同月一六日一時二五分にはマグニチュード七・三のより大きな地震が発生し、その直後に大分県中部にも発生、最大震度七を観測。関連死を含め死者数二〇〇人、負傷者数二七〇〇人、避難者一八万人を超える大災害となった。

 このふたつも第七版に収められた新項目です。しかし、広辞苑に収められたからといって、この説明が確定したものではないことはいうまでもありません。その陰には、いまも動きつづけている現実があり、被害に遭われた方々の、実際の生活と困難があるからです。

 第六版が刊行されたのは、二〇〇八年。その、阪神淡路大震災の項目には、死者六三〇〇人、負傷者四万三〇〇〇人、全半壊家屋二〇万九〇〇〇、とあります。それが第七版では、死者六四〇〇人余、負傷者約四万人、全半壊家屋約二五万、と改訂されました。

 第六版が刊行されたのは、震災の発生した一九九五年から一三年後のことでした。それから一〇年、震災の発生から二三年の歳月を経て刊行された第七版においてもなお、改訂されつづけているという事実を忘れてはならないでしょう。

 今後も広辞苑の改訂が進むとして、東日本大震災や熊本地震の説明はどのように改訂されてゆくのでしょう。ことしの阪神淡路大震災にかんする報道では、震災経験者の減少に伴う、次世代への継承という問題を扱うものにふれました。事態がどのように推移してゆくのかはわかりませんが、いずれにしても語釈の背景にある現実に光をあて、被災されたみなさんが抱える艱難への想像力を失わないことが求められてゆくことでしょう。

 高橋三千綱さんの連載が本号で終了です。ご愛読、ありがとうございました。

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