読む人・書く人・作る人(2018年6月号)

ドナルド・キーン


 「一番好きな季節は?」と聞かれると、ためらうことなく「梅雨」と答える。桜の咲く季節、新緑、紅葉の季節も私は大好きだ。しかしなぜか梅雨の季節に最も心を惹かれる。大災害をもたらすような雨は嫌いだが、日本の雨の風景は格別である。

 小雨の降る中を息子に手を引かれて、傘を片手に近所の寺の境内を歩くのは、なんとも言えず気持ちがよい。石畳が濡れて、ところどころ水たまりが光っていて、紫陽花が咲いていれば文句はない。私の墓がこの寺にある。雨に濡れた墓石に向かって手を合わせると、心が洗われるような気がする。馴染みの花屋さんで買った花を、自分の墓に手向けることもある。

 『徒然草』を翻訳したのは五十年ほど前の軽井沢の山荘で、やはり梅雨の季節だった。雨は、ある種の集中力と持続力を与えてくれる不思議な魔力を持っているようだ。翻訳しながら私は、自分がまさに『徒然草』を書いているかのような錯覚に陥った。あの時、私は兼好法師だったのかもしれない。

 ここ数年、毎夏一ヶ月以上、息子と軽井沢の山荘で過ごすが、書斎の前が林になっている。原稿に向かっていて、ふと雨の降る林に見入っていることがある。静かな雨音は音楽のようだ。突然、陽が射して一ヶ所だけ明るくなる。その明るさの中を小鳥が数羽、さえずりながら飛びまわる。そんな時、私たちは歓声を挙げて喜ぶ。

 年をとるにつれて雨を嫌うようになっていることも確かだが、それでも私は雨が好きだ。

(どなるど きーん・日本文学者) 

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