こぼればなし(『図書』2018年6月号)

こぼればなし


 小社の刊行物を中心に、人文社会科学の専門書など、硬派な品揃えで定評ある書店として、長く親しまれてきた岩波ブックセンターが惜しまれつつ閉店したのは、二〇一六年一一月のことでした。

 小社創業の地でもあるその跡地に、本のまちの新しいランドマーク、〈神保町ブックセンター with Iwanami Books〉が去る四月一一日、誕生しました。

 本を中心に人々が集い、新しい知識や新しい仲間に出会える〈本と人との交流拠点〉をコンセプトに、神保町の〈本を中心とする文化発信〉の新たなセンターとなる場を目指すとのこと。一階のフロアには、文系、理系の学術書から一般書、文庫、新書はもちろんのこと、児童書や辞典、美術書にいたるまで、小社から現在販売されている約九〇〇〇点の書籍がとりそろえられています。

 さらに、それらの本に囲まれた空間でコーヒーやサンドイッチ、スイーツなど、喫茶店の定番メニューをたのしむことができます。もちろん夜には酒肴もご用意。本にふれながら、グラス片手にゆっくりとくつろいでいただけます。

 〈神保町ブックセンター〉には、ご紹介した書店の機能と喫茶店の機能に加え、もうひとつの機能があります。それは、本に囲まれた空間で仕事ができる「コワーキングスペース」。二階にはレンタルの会議室、三階には契約者専用のデスクスペースや、四名から一三名むけの個室オフィスが設けられています。

 また、一階にある大きな書斎空間をイメージしたワーキングラウンジは、イベント会場としても使用されるとのこと。新しい学びや気づき、出会いが生まれる場所として、トークショーや読書会など、本や出版にかんする様々な催しが予定されているそうです。

 「くつろぐ(CAFÉ:本が読めて買える喫茶店)」「つどう(EVENT:新しい出会いがあるイベントスペース)」「はたらく(WORK:本に囲まれて働ける仕事場)」という三つの機能をあわせもつ〈神保町ブックセンター〉というプロジェクトを運営するのは、UDS株式会社。おおよそ小社のイメージとはかけ離れた、おしゃれな店内の雰囲気は、出版とは異なる業種のまなざしからどのように書籍が、また出版文化が捉えられているのか、その魅力や可能性を伝えるにはいかにプロデュースすべきかを、旧い業界人に教えてくれているかのようです。

 必要な書籍をネット書店に注文すれば次の日には届けてくれます。当日配送のサービスもあります。便利さではリアル書店は到底かないません。それでも、なぜ人は書店に足を運ぶのか。なぜ店頭で書籍にふれたいと思うのか。やはり本が集う書店という場所、空間に、人を惹きつけるなにかがあるからでしょう。

 〈神保町ブックセンター〉は、かつての本との出会いの場であった「本屋」のイメージからは遥かに遠いところにあります。しかし、そうであるからこそ本のまちの新しいランドマークになる――そんな予感を胸に、これからの展開を期待とともに応援してゆきたいと思います。

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