基本高水はなぜ過大なのか

──国交省の作為と日本学術会議の「検証」を問う──

関 良基


 「基本高水」という記号は、ダム業界の側から見ると「ダムを造り続けるための打ち出の小槌」のようなものである。一方、納税者から見ると、基本高水が現実から乖離した過大な値に設定されているとすれば「税金を吸い込むブラックホール」になる。
 八ッ場ダム住民訴訟で、国交省による利根川の流量モデルの検証作業に携わった筆者が、「算術遊び」で法外な数値をひねり出す国交省の作為とそれに追随する日本学術会議の姿勢を厳しく問う。そこからは、「原子力村」と同じく、ダム建設を推進する「河川村」においても、「学」は「官」「業」と一心同体であり、この「官業学複合体」が血税に寄生し、国家財政を破綻に追いこもうとしている実態が浮かび上がる。

せき・よしき 1969年生まれ。京都大学農学研究科博士課程修了。拓殖大学政経学部准教授。森林政策学。関心領域は、コンクリートから緑の公共事業への転換。主著に『複雑適応系における熱帯林の再生』『中国の森林再生──社会主義と市場主義を超えて』(ともに御茶の水書房) がある。