近代天皇像の形成
天皇制をめぐる観念の大半が創出された明治維新前後の過程を思想史の手法で解明する渾身の書き下ろし.
社会秩序の要としての天皇制を歴史的に把握すると,明治維新をはさむ約1世紀の間に,天皇制をめぐる観念の大部分が作り出されたことは明らかである.その生成と展開の過程から何が明らかになるか.鋭い問題意識から出発し,膨大な史料を読み込み,思想史の手法で分析.天皇制の本質を解明する渾身の書き下ろし.
■内容紹介
本書が刊行された十五年前においては,昭和天皇の病気から死去後に至る過剰な「自粛」という社会現象から日が浅かったという背景の下に,天皇制の歴史的現在をどう認識するかが問われていました.現時点では天皇と皇室問題への社会的関心が当時とは異なる問題に集中していますが,歴史的に日本の天皇制をどう捉えるかという問いは決して過去のものではありません.
天皇制をいかに規定するかについては,学問分野,学問的立場,思想的立場を超えて長年,実に多様な見解が提出されてきています.大きくは天皇制連続説と断絶説とに区別されますが,連続説の立場に立つのは天皇制擁護派だけでなく,山口昌男の人類学的王権論,宮田登の民俗学的生き神=天皇信仰論,網野善彦,尾藤正英などの歴史学者の仕事が注目されます.
本書の著者である安丸氏は,断絶説に立つ歴史学者として,「我々がごく通念的に天皇制の内実として思い浮かべることのできるものは,実質的には明治維新を境とする近代化過程において作りだされたものであることを強調して」きました.著者は,天皇制にかかわる制度や観念には古い由来をもつものも少なくないことを認めた上で,それらが「近代天皇制を構成する素材として利用されて新しい意味を与えられたのだ」と考えています.「古い伝統の名において国民的アイデンティを構成し国民国家としての統合を実現することは,近代国家の重要な特質のひとつであり,そうしたいわば偽造された構築物として,近代天皇制を対象化して解析するというのが,私の課題である」と著者は自らのスタンスについて言及しています.
著者は近代天皇制を構成する基本観念を,(1)万世一系の皇統=天皇現人神と,そこに集約される階統性秩序の絶対性・不変性(2)祭政一致という神政的観念(3)天皇と日本国による世界支配の使命(4)文明開化を先頭にたって推進するカリスマ的政治指導者としての天皇と要約した上で,こうした観念がなぜ形成され求められたのかということを,その時代の人々の意識構造に出来るだけ内在して理解するという試みを行っています.
一言で言えば,「近代転換期における天皇制をめぐる日本人の精神の動態の解明」を企図した試みが,本書の最も中心的な主題を織りなしているといえます.それゆえ,学問的立場,思想的立場の如何にかかわらず天皇制に正対し,考察しようという方々にとっては本書は今もなお有意義な内容を有していると思われます.膨大な史料を読み込み,思想史の手法で天皇制の本質と受容基盤を解明する渾身の一冊です.
今回の現代文庫版に際して,新稿として「天皇制とジェンダー・バイアス」が付されています.近年において最も関心を集めてきた皇位継承問題についての著者の論稿ですので,きわめて興味深い内容になっています.
■内容紹介
本書が刊行された十五年前においては,昭和天皇の病気から死去後に至る過剰な「自粛」という社会現象から日が浅かったという背景の下に,天皇制の歴史的現在をどう認識するかが問われていました.現時点では天皇と皇室問題への社会的関心が当時とは異なる問題に集中していますが,歴史的に日本の天皇制をどう捉えるかという問いは決して過去のものではありません.
天皇制をいかに規定するかについては,学問分野,学問的立場,思想的立場を超えて長年,実に多様な見解が提出されてきています.大きくは天皇制連続説と断絶説とに区別されますが,連続説の立場に立つのは天皇制擁護派だけでなく,山口昌男の人類学的王権論,宮田登の民俗学的生き神=天皇信仰論,網野善彦,尾藤正英などの歴史学者の仕事が注目されます.
本書の著者である安丸氏は,断絶説に立つ歴史学者として,「我々がごく通念的に天皇制の内実として思い浮かべることのできるものは,実質的には明治維新を境とする近代化過程において作りだされたものであることを強調して」きました.著者は,天皇制にかかわる制度や観念には古い由来をもつものも少なくないことを認めた上で,それらが「近代天皇制を構成する素材として利用されて新しい意味を与えられたのだ」と考えています.「古い伝統の名において国民的アイデンティを構成し国民国家としての統合を実現することは,近代国家の重要な特質のひとつであり,そうしたいわば偽造された構築物として,近代天皇制を対象化して解析するというのが,私の課題である」と著者は自らのスタンスについて言及しています.
著者は近代天皇制を構成する基本観念を,(1)万世一系の皇統=天皇現人神と,そこに集約される階統性秩序の絶対性・不変性(2)祭政一致という神政的観念(3)天皇と日本国による世界支配の使命(4)文明開化を先頭にたって推進するカリスマ的政治指導者としての天皇と要約した上で,こうした観念がなぜ形成され求められたのかということを,その時代の人々の意識構造に出来るだけ内在して理解するという試みを行っています.
一言で言えば,「近代転換期における天皇制をめぐる日本人の精神の動態の解明」を企図した試みが,本書の最も中心的な主題を織りなしているといえます.それゆえ,学問的立場,思想的立場の如何にかかわらず天皇制に正対し,考察しようという方々にとっては本書は今もなお有意義な内容を有していると思われます.膨大な史料を読み込み,思想史の手法で天皇制の本質と受容基盤を解明する渾身の一冊です.
今回の現代文庫版に際して,新稿として「天皇制とジェンダー・バイアス」が付されています.近年において最も関心を集めてきた皇位継承問題についての著者の論稿ですので,きわめて興味深い内容になっています.
(本書は1992年5月,岩波書店より刊行されました)
第一章 課題と方法
第二章 近世社会と朝廷・天皇
第三章 民俗と秩序の対抗
第四章 危機意識の構造
第五章 政治カリスマとしての天皇
第六章 権威と文明のシンボル
第七章 近代天皇像への対抗
第八章 近代天皇制の受容基盤
第九章 コメントと展望
第二章 近世社会と朝廷・天皇
第三章 民俗と秩序の対抗
第四章 危機意識の構造
第五章 政治カリスマとしての天皇
第六章 権威と文明のシンボル
第七章 近代天皇像への対抗
第八章 近代天皇制の受容基盤
第九章 コメントと展望
安丸良夫(やすまる よしお)
1934年富山県生まれ.京都大学文学部卒業.一橋大学教授等を経て,現在は一橋大学名誉教授.専攻=日本思想史.主著に『文明化の経験』『現代日本思想論』『神々の明治維新』(岩波書店)『日本の近代化と民衆思想』(青木書店,平凡社ライブラリー)『日本ナショナリズムの前夜』『出口なお』(朝日新聞社)などがある.
1934年富山県生まれ.京都大学文学部卒業.一橋大学教授等を経て,現在は一橋大学名誉教授.専攻=日本思想史.主著に『文明化の経験』『現代日本思想論』『神々の明治維新』(岩波書店)『日本の近代化と民衆思想』(青木書店,平凡社ライブラリー)『日本ナショナリズムの前夜』『出口なお』(朝日新聞社)などがある.